障害者とデモ

 2月の中旬くらいだっただろうか。4月からの勤め先であるゼネラルパートナーズでインターン中に拡声器を使ったデモの声が聞こえた。最初は春闘の時期なのかなぁと思い、労働組合のデモだろうと思っていたが、よくよく聞いていると「障害者の?」と言っているのが聞こえた。会社の窓からそのデモが見えたので少し見ていたが、車椅子の人がいたり、聞いたことある団体の旗があった。

 彼らは、「障害者の権利を認めろ?」と言っていたようだが、障害者の権利って何でしょうか?現状、支援費など十分な支援が足りないことは確かにあります。障害をお持ちの方からすると社会に対しての不満は十分にあるのでしょう。

 しかし、デモはどうでしょうか。2車線の1車線を警察に確保してもらって障害者がデモをする。車を運転している人、オフィスで仕事をしている人にとってみれば十分な迷惑です。そして、1車線を確保してもらっているということは、社会に対してメッセージを残したい人もたくさんいる中で、ぼくからすれば十分恵まれていると思います。

 今のこの時代に、障害者の存在を知らない人はいないでしょう。障害のある人の存在をしらない社会ならいざ知らず、デモははっきり言って時代遅れです。障害に理解があるうちの会社でさえ、呆れていました。デモという行為自体がすでに人々が共感できないものなのです。

 そして、デモをすることは逆に健常者と呼ばれる人と自分達を区別していることになります。つまり、「自分達は障害者だ」というレッテルを自ら貼っているのです。現状、社会では「障害者=できない」というイメージを持たれています。そんな社会でデモをしても「障害者=何もできない存在」と思われているため、一向に自分達の障害については理解してもらえません。

 デモをするよりもまずやる必要があることは、「障害者=できない」というイメージを覆すこと。そのためには、自分達が社会に出て、一生懸命働き、「障害者=できない」というイメージを覆すことができるように努力すること。これは確かにデモよりも効果がなさそうで、小さく、果てしなく、大変なことです。

 しかし、だからこそ感動を生むし、共感できるのです。その上で、働く障害のある人をネットワークして、社会によい認知をさせていくことが必要なのです。その方法は決してデモではありません。

 障害のある人の権利があるとすれば、それが認められるためには、きっと一人一人が社会に出て、一生懸命働くこと。これ以上でもこれ以下でもないでしょう。

 私はGPにおいてそんなお手伝いができればと思っていますし、そのことは自分の夢である「障害者」と呼ぶ人がいなくなる社会を実現できる手段だと思っています。


投稿者: やべっち : 2005年03月01日 02:26 |

コメント

僕は公務員だから、デモの要求内容は謙虚に受け止めなければいけないわけだけど
やべっちの言いたいことはよくわかる。

みんなもよく知ってるココ・ファームってすごいよね。
楽しいことをやって、みんなが集まってきて、喜んで、帰っていく。
例えば、そういうところから関心ができて、人と人のつながりができて、
そこから対話が可能になるんじゃないかって思う。

出発点が対立構造になっていると、お互いに不幸になるのにと、僕は悲しくなります。
もちろん、「国・行政が対立構造を作っているんだ」という意見もあるだろう。
でも、それを受けていては、どこかの国々の争いと同じだよね。

投稿者:エハラ ケン : 2005年03月01日 12:59

全く同感です。
ところで採点のところを2回「5」を押してしまいました。
すみません。

投稿者:佐藤修 : 2005年03月01日 18:37

共感しました。
「障害者だ」と特別扱いする側にも、特別扱いしてほしいと(無意識的であれ)臨む側にも、差別を作り出している現実があるように思います。

投稿者:仮面浪人 : 2005年03月01日 23:04

矢辺さん、新宿でお話を伺った小西です。

ご意見に関しては僕の感想はありません。しかしながら、意見表明に関してはリスクヘッジを感じましたのでお知らせします。

>>今のこの時代に、障害者の存在を知らない人はいないでしょう。障害のある人の存在をしらない社会ならいざ知らず、デモははっきり言って時代遅れです。障害に理解があるうちの会社でさえ、呆れていました。デモという行為自体がすでに人々が共感できないものなのです。

これはここだけ読むとお勤めの会社の非公式見解と受け取られてしまいます。文章は一部分だけを読まれ、引用されることが多いことを知ってください。その波及を僕は心配します。色々な団体が色々な行動を現実的に取る以上、対決姿勢を表明するのは得策でないと考えます。

デモする側との対話を矢辺さんが姿勢として残していないと、一方的な断罪になってしまうと考えますし、それは矢辺さんの基本姿勢にかかわってくると考えます。

>>障害のある人の権利があるとすれば、それが認められるためには、きっと一人一人が社会に出て、一生懸命働くこと。これ以上でもこれ以下でもないでしょう。

ここも後段と合わせて読めば矢辺さんの姿勢、つまり対決するだけではない、を理解できますが、ここだけ取り上げられると「働きたくとも働く機会を得られない」人たちには厳しい断罪になってしまうと思います。また、働くだけが生きることの全てではないので、現実的にリタイアされた方も切り捨ててしまう表現になってしまうと考えます。

僕としては、僕のこのコメントを含め、削除か修正をお勧めします。リスクが高すぎる表現は回避した方がより対話的な、つまりは現実的な解を生むと僕は考えます。

どうか、アドバイスを受け取ってください。

投稿者:小西慎一 : 2005年03月02日 02:08

みなさま、コメントありがとうございます!

> エハラさん

同感です。
出発点が対立構造になっているとお互い不幸ですよね。
ぼくはデモというものはやはり対立構造の名残だと思わずにはいられません。

> 修さん

点数は目安程度ですし、大丈夫です♪
低い点がつけられていた場合は多少ショックですが(´・ω・`)

> 仮面浪人さん

はじめまして。コメントありがとうございます。
ご連絡先がわかれば色々コンタクトを取れるのですが・・・。

さて、デモは現状ではぼくからは自ら差別を助長しているように思えて仕様がないのです。
結果的に対立を生んでしまうとしか思えないのです。

コメントありがとうございました。

> 小西さん

お久しぶりです!アドバイスありがとうございます。

 ぼくは思ったこと、事実はストレートに伝えようと思っています。ですので、エントリーを充分検討して書きますし、多少の変更はありますが、基本的に大幅な変更はしないつもりです。

> これはここだけ読むとお勤めの会社の非公式見解と受け取られてしまいます。文章は一部分だけを読まれ、引用されることが多いことを知ってください。その波及を僕は心配します。色々な団体が色々な行動を現実的に取る以上、対決姿勢を表明するのは得策でないと考えます。

 ちなみに、ぼくはここで言っておきますが、対決をしようとか戦おうとか思っているわけではありません。このHPをよく見ていただいたり、直接お会いしていただくと対立をしたいと思っているわけではないことがよくわかると思いますが。

 一部分だけを読んで引用するとのことですが、残念ながら難しい問題ですね。直接顔が見える関係だとぼくの真意をわかってもらえると思うのですが。。。

 会社の部分については、仰る通りなので、会社の方に聞いて削除、変更するかもしれません。アドバイスありがとうございます。

> デモする側との対話を矢辺さんが姿勢として残していないと、一方的な断罪になってしまうと考えますし、それは矢辺さんの基本姿勢にかかわってくると考えます。

 ぼくはそもそもデモする側という考えがあまり好きではありません。なぜかはよくわかりませんが・・・。しかも、じゃあ何て言うんだと言われると非常に困りますが。

 しかし、ここで一番言いたいことは、私は、対話を基本姿勢として持っているし、対立したいわけではないと言うことです。

> ここも後段と合わせて読めば矢辺さんの姿勢、つまり対決するだけではない、を理解できますが、ここだけ取り上げられると「働きたくとも働く機会を得られない」人たちには厳しい断罪になってしまうと思います。また、働くだけが生きることの全てではないので、現実的にリタイアされた方も切り捨ててしまう表現になってしまうと考えます。

 一人一人が社会に出て、一生懸命働くべきであるから、「働きたくとも働く機会を得られない」人たちをGPを使って紹介したいと言うのが、ぼくの思いです。それにはぼくたちだけの努力だけではなく、障害のある人たちの努力も必要なのです。その努力はきっとデモという形ではないのではないでしょうか。

 そして、働くと言うことは、書き方が悪かったですが、何もお金をもらうことだけではないと思います。誰かに感謝されること。これがぼくは「働く」ことではないかと思います。そういう考えだとボランティアもそうでしょうし、きっとその方なりの働き方がきっとあると思います。

> 僕としては、僕のこのコメントを含め、削除か修正をお勧めします。リスクが高すぎる表現は回避した方がより対話的な、つまりは現実的な解を生むと僕は考えます。
>
> どうか、アドバイスを受け取ってください。

 ありがとうございます。ぐだぐた書きましたが、ようは対立したいわけではない。ここさえ、理解していただければ、この文章を理解していただけるのではないかと思いますので、削除・修正は行いません。

 もし一部を引用し批判されることがあるとすれば、非常に残念です。真意を理解していただけなかったと思い、非常に残念です。その場合、真摯に受け止め、今後のエントリーの書き方など注意します。

 インターネットは顔が見えないので難しいですね。しかし、できる限り、顔の見えるコミュニケーションを心掛けていきたいと思っています。コメントありがとうございました。

投稿者:やべっち : 2005年03月02日 09:49

対話がポリシーである矢辺さんのなさるべきは断片的な情報から相手を判断なさることではないと考えます。すくなくとも、今回の件に関してはどの団体のどういう主旨の誰に対するデモンストレーションこう言うだったのか位は文章に記しての上での批判でないとフェアではないと考えます。少なくともソースは提示しませんか。対話的とはそういうことだと僕は理解しています。合法的に許可を得ている行為を「迷惑」というのもリスクは高いと考えます。

文面を見る限りではデモに参加している人たちは仕事が必要な方なのですから、矢辺さんの会社からすればクライアントになる人たちなのではないかとも考えます。矢辺さんの方法論がより有利ならば、彼らを説得することは向かうベクトル、つまり就業、が同じである以上、win-winになる可能性があると予想します。

顔の見えるコミュニケーションとのことですが、現在のこのweblogは大通りでの立ち話状態ですから、断片的なことでトラブルは当然生じます。

差障のないことをのみ書くという事ではなく、フェアな姿勢であれば批評は批評として受け入れられるし、そうした行為は必ず成果を生むという実感が僕にはあります。

投稿者:小西慎一 : 2005年03月02日 16:01

小西さん

たびたびコメントありがとうございます♪

> 差障のないことをのみ書くという事ではなく、フェアな姿勢であれば批評は批評として受け入れられるし、そうした行為は必ず成果を生むという実感が僕にはあります。

 同感です。

> すくなくとも、今回の件に関してはどの団体のどういう主旨の誰に対するデモンストレーションこう言うだったのか位は文章に記しての上での批判でないとフェアではないと考えます。少なくともソースは提示しませんか。対話的とはそういうことだと僕は理解しています。

 確かにどんな団体でどういう趣旨のデモだったか理解し、記事を書くべきだったのかもしれません。しかし、私はその団体がやっているデモを批判したいのではなく、「デモ」という行為自体が共感できないものであるということを理解してほしかったのです。私は、その団体やデモに参加している個人を批判しているのではないことをご理解いただきたいと思います。

 ちなみに、これはたまたま障害のある人のデモでしたが、ぼくはどんなデモでもうんざりします。なぜならば、デモ自体が共感できないからです。

> 合法的に許可を得ている行為を「迷惑」というのもリスクは高いと考えます。

 私は、合法的であれば何でも許されるかというとそうは思いません。合法的であれ、おかしいことはおかしいと、迷惑なことは迷惑と言いたいです。

> 顔の見えるコミュニケーションとのことですが、現在のこのweblogは大通りでの立ち話状態ですから、断片的なことでトラブルは当然生じます。

 そうですよね、残念です。これがインターネットの限界でしょうか。もっと可能性を探りたいですね。

投稿者:やべっち : 2005年03月03日 11:16

http://www.dpi-japan.org/3issues/3-1shienhi/gd04/gd007.htm
当事者抜きの自立支援給付法上程に異議あり!
地域生活の後退を許すな!
第一次対国会行動 2・15?16
<呼びかけ団体>
DPI日本会議・全国自立生活センター協議会・全国障害者介護保障協議会
全国公的介護保障要求者組合・ピープルファーストジャパン
全国ピアサポートネットワーク(設立準備会)

<問い合わせ>
「障害者の地域生活確立の実現を求める全国大行動」実行委員会
(全国自立生活センター協議会内)
〒192-0046 東京都八王子市明神町4-11-11-1F
TEL:0426-60-7747 FAX:0426-60-7746
E-mail:jil@d1.dion.ne.jp  http://www.j-il.jp/

矢辺さんの記事から推察するにこの活動ではないかと思います。おそらくですが。

僕は矢辺さんの感覚は理解できますが、デモという行為とデモの趣旨を分離するという考えを当事者に理解してもらうのはなかなか困難だと思います。

ですからせめて趣旨には賛同するが行動に関しては別の意見を持っています、という表現をまず示したほうがよいのではないかと考えます。

合法だから黙っていろというつもりは僕にもありません。合法ということは要するに根本的には法律改正をしないと解決にならないことを意味します。ご周知のとおり法案審議から決議にはかなりの手間がかかります。通達という手もありますが、いずれにせよかなりの働きかけは必要です。僕が合法行為に関する反対に関してリスクととらえているのはそのことです。議員への誓願も1日仕事ですし、、、

きっかけは何にせよ、誰かとの相互理解がすすむきっかけになれば、僕はどんどんものは言ったらよいと思います。今回も矢辺さんにせよ僕にせよスルーすればなにもおきなかったわけですから。

有意義な意見交換ができたと僕は思っています。

 

投稿者:小西慎一 : 2005年03月04日 15:22

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矢辺卓哉(やべっち)

田舎で農業・電気通信工事士、東京で障害者雇用支援という田舎・東京を行き来する生活をしながら、エネルギーの地産地消、環境負荷の低い・企業だけに頼らない生き方を模索中。株式会社よりよく生きるプロジェクト代表取締役

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