2'生活: 2004年6月アーカイブ

先週の金曜日にNPO法人 コミュニケーション・スクエア21(略称CS21)にお伺いしてきました。

お話をすると非常に考えていることやりたいことが似ており、非常にためになったと同時に色々一緒にやっていきましょう!というお話までいただきました。

その中で、CS21さんは、四谷中学校の生徒さんに高齢者体験や車椅子体験をさせて、四谷界隈がどれだけ住み難いかなど発見してもらい、やさしい人間に育てたいということを「総合学習」の時間にやっているようです。

そのまとめの時間として、7月8日に話し合いがあるので、それに参加しませんか?とお話をいただきました 中学校なんて、6年くらい 前に卒業したので、最近の中学生はどんなのか知りたいという思いがあったのと自分がお手伝いできることがあれば、是非お手伝いしたいということで、お願いをしてきました。

 今回はノーマライゼーションとぴったり重なると同時にパワーがでてくる本を見つけたのでご紹介いたします。『天才はなぜ生まれるか』(ちくま書房) を京都大学霊長類研究所の正高信男教授が今春出版しました。

 東京都のとある区の青年学級という知的障害のある方の余暇活動をやっているところにお手伝いで行ってきました。それぞれ4班に分かれ、自分は4班で午前中、買出し、料理、午後はカラオケというスケジュールでした。買出しに行き、料理を作る段階になり、なぜか1人一緒に付いていないといけないという人がいて、ぼくが一緒についてまわっていました。(よく暴れるとか言ってたけど、ぼくと一緒な時は落ち着いてたよ???そんなに暴れる人には見えなかったけどぉ??)

 で、料理を作る段階になり、

 よく巷では、「障害者」「高齢者」のためにという声を聞きますが、それには非常に違和感を感じます。なぜ、私達は「障害者」「健常者」と分けて考えるのでしょうか?


「障害者」が使いやすいものではなく、みんなが使いやすいもの

という発想になぜうつらないのでしょうか?ある人は、

背が高いとか、色が黒いとか、鼻が低いとか、そういうことと同じように、私の足が悪いって事を考えてくれないかなぁ。

と言っていました。

 たまにハンデのある人たちのことを何と呼べばいいんですか?と聞かれることがあるけど、ここでいっぺん「しょうがい」、「しょうがいしゃ」という表記についてまとめたいと思う。

自己紹介


矢辺卓哉(やべっち)

田舎で農業・電気通信工事士、東京で障害者雇用支援という田舎・東京を行き来する生活をしながら、エネルギーの地産地消、環境負荷の低い・企業だけに頼らない生き方を模索中。株式会社よりよく生きるプロジェクト代表取締役

「人生を味わいつくせる人を増やす」がミッション。

私が考えるノーマライゼーションについて

障害の表記について

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