3.生き方について: 2005年7月アーカイブ

 突然ですが、金の蝶ネクタイをして自宅まで帰りました。今日は、某ホテルにて、会社の人の結婚式の2次会を会社で開いたのです。そこで、ぼくと社員の人がネタをやって、それでそのまま蝶ネクタイをして自宅まで帰りました。

 ネタ的にはウケたのでよかったなと。で、酔ってないのになぜそのまま蝶ネクタイをして家に帰るのかと。ノリです。クールビズなんぞになびくこともなく、毎日上着を着て、長袖シャツにネクタイのぼくが、蝶ネクタイで家まで帰りました。ちなみに、相方もぼくよりも家が遠いにも関わらず、銀の蝶ネクタイをしたまま帰りました。

 で、ノリで蝶ネクタイをしながら帰ったわけですが、その中で考えたこと。常識って何だと。宴会場では金の蝶ネクタイをしてよくて自宅に帰るまでは蝶ネクタイをしてはダメなんてことはないだろう。そして、帰りながら思ったのは、きっとパッチ・アダムスってこういうことをやってたんだと思う。彼は「笑う」ということが人間の健康によいと知って、ピエロになり続けた。今日はパッチ・アダムスの気持ちがわかった気がする。人の目とかじゃなくて、道具とかテレビとかそんなんじゃなくて「自分」で笑ってもらう。それってすごく簡単で心温まることなのに誰もやらない。

 今、家の前の道路を工事しています。工事している人に金の蝶ネクタイをしながら「お疲れ様です!」と声を掛けてみた。心があたたかくなった。ぼくとすれ違った人が家に帰って「今日、蝶ネクタイをして帰ってる人がいたよ。」と笑いながら家族の会話ができたなら、ぼくは笑われても本望です。

 バカなことをやったっていいじゃないか。それが笑えれば。そこに他人の目は必要ない。しかし、人の目を気にする人は非常に多い。人の目で物事をみるんじゃなくて、自分が何をやりたいか。信念を持ってやり通すことが必要なんだと思う。ぼくは「自分」を押さえ込む人が多い今の社会に不満がある。何か自分の体裁や他人にどう見られているかをあまりにも気にしすぎて自分のやりたいことをできない人が多い。

 電車の中で「席を譲らなきゃ」と思っても、「かっこつけてる」「そんなことやるのはかっこわるい」と他人から思われる自分が嫌だからできない。それを見られている自分が恥ずかしいからできない。

 経験値が上がった。自分の軸、信念をを持って、自分のやりたいことを素直にやろう。他人がどうとかじゃない。自分のやりたいこと、やらなきゃと思っていることは、信念を持ってやるべきなんだ。そんなことを思った、蝶ネクタイをして家まで帰った夜でした。

 しかし、ぼくよりも電車に乗ってる時間が長い相方は誰かにからまれていないかいささか心配ではある。

自己紹介


矢辺卓哉(やべっち)

田舎で農業・電気通信工事士、東京で障害者雇用支援という田舎・東京を行き来する生活をしながら、エネルギーの地産地消、環境負荷の低い・企業だけに頼らない生き方を模索中。株式会社よりよく生きるプロジェクト代表取締役

「人生を味わいつくせる人を増やす」がミッション。

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