「好きなことをやって生きたいのであれば無人島で暮らしてください」への回答

三宅洋平さんの選挙フェスでの発言を元に、このようなツイートをさせていただきました。

このツイートに関して、このようなご意見をいただきました。

今回はこのツイートに関して、さすがにTwitterの140文字では説明できないので、遅くなってしまって恐縮ですが、ブログで返答します。

まず、簡単なところから。

こちらに関しては、私はデマなのかどうか、当事者ではないので、判断できません。ついては、コメントもできません。なので、こちらは回答なしで。すいません。

このツイートに関しては、次のツイートが本題だと思うので、次のツイートを元に返信します。

1.食料の自給自足を実証してください。

好きなことをやって生きていけるのか。心配になりますよね。だから、きっと「おれは食べ物は自分で作れるから好きなことをやる」という言葉から、好きなことをやる上で、本当に食べ物を自分で作ることで食料の自給自足が可能かどうか心配になった上での質問なんだと思います。

もし「おれは食べ物は自分で作れる」っていう社会になったとしたら、自給自足が完璧じゃなくても、食の心配がなくなった!と思える人は、好きなことをやるでしょう。しかし、自給自足が完璧じゃないから、好きなことをしないって人もいるでしょう。

逆に、「食べ物は自分で作れない」社会でも、どうしても好きなことをやりたい人は好きなことをやるでしょう。

このように、「おれは食べ物は自分で作れる」っていう社会は、あくまで1つのきっかけに過ぎないのです。「おれは食べ物は自分で作れる」という社会は、好きなことができるための1つの手段にしか過ぎないのです。

だから、食べ物が自分で作れ、100%自給自足ができるのかどうかは大事じゃないのです。

例えば、ぼくは、好きなことをして東京に住んでいますが、死ぬレベルになれば、実家があるので、実家に頼ろうと思っています。でも、100%実家に頼れる訳ではありません。住は大丈夫でも、食は無理かもしれません。それと同じです。

そういうセーフティネットがあるから好きなことをやろうと思えるのです。しかし、すべての人にそういう選択肢がある訳ではありません。

だから、好きなことをやるための選択肢の1つとして、「おれは食べ物は自分で作れる」という社会を作ることが大事だと思っています。

直接の回答になっていないとお感じになれるかもしれませんが、

・100%自給自足ができるのかどうかが大事なんじゃない
・誰かにとって、セーフティネットと思える選択肢が増えることが大事
・それの1つとして、「おれは食べ物は自分で作れる」社会があっても良い

これが私の回答です。

それでは、2つ目。

2.社会で生きていて「好きなことやる」ばかりでは社会秩序が保てません。お好きなように生きたいのであれば、お一人で暮らして下さい。

これはよく言われることですね。ここで、気をつけなきゃいけないことは、「好きなことをやる」という言葉の定義についてです。

世の中の「好きなことをやる」というイメージは、質問いただいたように、赤信号を無視して、好き放題やって、他人に迷惑を掛けて、、、だから、無人島で暮らしてくださいという発言になったと思います。

しかし、「赤信号を無視して、好き放題やって、他人に迷惑を掛けて」というのは、私にとっては、「好きなことをやる」ではありません。これは「独りよがり」です。「独りよがり」の状態は、自分になにか満たされないものがあって、それを満たすための代償行為として、好き放題やって、他人に迷惑を掛けるのです。

だから、私は「好きなことをやる」ことと「独りよがり」を一緒にしていません。世の中の人の多くはこれを間違えます。

私が考える「好きなことをやる」という状態は、「独りよがり」ではない状態です。だから、「独りよがり」な状態で他人に大きな迷惑を掛けない範囲で、人間はもっと自由に好きに生きていいと思っています。

なので、私は好きなことをやりますが、無人島にも住みませんし、Twitterも辞めません。

以上、回答になりましたでしょうか。ご質問があれば何なりと。また回答が遅くなるかもしれませんが。

また、他の方もご質問があればお気軽にどうぞ。答えないかもしれませんし、時間が掛かるかもしれませんが。

それではー。

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