orkut(ソーシャルネットワーキング)とは?

「orkut – Invitation to join from Takuya Yabe」というメールを受け取った人はいませんか?
これは、googleが作ったソーシャルネットワーキングのorkutのお誘いメールです。まぁ誘ったのはいいが「登録したらどうなるの?」、「これ何?」、「何が面白いの?」と聞かれて困ることがあるし、orkutの認知度アップのために書こうと思う。
こちらでは、出会い系というより、最近どうよ?系なんておっしゃっていますが、まさにその通り。
何が楽しいかって、誰かと知り合いになりたいということよりも何よりも、あいつはこういうコミュニティにいるのか、あいつにはこういう友達がいるのかという新しい発見があるということ。
そして、競争心に火がつく。(笑)自分が誘った友達が自分の友達数より増えたりしたら、ムキになって友達を増やそうと必死になる。なんか昔集めたJリーグチップスのカードみたいな楽しさはある。(人間とカードを一緒にするなって。^^;)
そして、山岸さんもおっしゃっているように
SN導入の初期においては、知り合いの知り合いにいきなりコンタクトをするケースは少なく、最初は直接の知り合いを登録したり検索し、その知り合いが作ったリストを見て、その中にやはり自分の知り合いがいることを発見し「世の中狭いねー」なんて分かり切ったことを確かめあいながら、「久しぶりに酒でも・・・」という話に発展していくという感じではないでしょうか。そのうち、「お前のリストに載ってたあの子、かわいいからちょっと紹介してくれよ」みたいな話になって、実際に付き合い出す人が出てきたり、そこで作った「スカッシュサークル」や「大学同窓会」をベースにビジネスのディールにつながるような社交パーティーが開催されるようになれば、SNサービスとしてはユーザーに新しいバリューを提供したと言えると思います。
こんなことも起きるようになるんだろうなぁ。
そして、参加コミュニティも自分で作れるというのは魅力。自分の活動や自分の出身地コミュニティを作っておくと自分がどういう活動をしているかというアピールにもなると思う。また他のコミュニティでは、こんなコミュニティもあるのかぁと感心したり。
そしてサービスのインターフェイスに目を向けるとサービスへの導線が非常によい。こちらでおっしゃっているように

リンクした知り合いのプロフィールから”参加コミュニティー”を見て、「へーこんなコミュニティーがあるのか」と思ったら”Join “を押せばすぐに参加できる、などなど。とにかくサービスの導線設計がいいんです。機能的には一瞬ひるむ”友達を評価”する機能も「友達にFunマークをつけてもらったから、じゃあこちらもお返しに。。」みたいな感じで、実際使ってみると、それほど違和感もないかもしれません。

また、友達の友達に自分の知り合いがいたら「add as a friend」のボタン一発で自分の友達に加えることもできる。(その後相手の承認が必要だけど。)そして、orkut内でメッセージのやり取りも可能。(現状、日本語は使えない。)
あと、伝えておかなくてはならないことは、orkutは完全招待性。誰かから招待されないとこのサービスは利用できません。ということは、逆に言うと誰かから招待されるということは、友達、知り合いとして認められているということ。この完全招待性というのは、賛否両論あるかもしれないけども、ぼくは大賛成。ソーシャルネットワーキングとして、livedoorもlivedoorアミーゴなんてサービスを始めているが、このサービスは誰でも参加できるために、ソーシャルネットワーキングではなくて完全出会い系になっている。エッチ度ってなんやねん。(怒)完全出会い系じゃん。ソーシャルネットワーキングと名乗るなといいたい。なので、完全招待性は大賛成。
そして、ぼく個人としての思いとして、一度知り合い、友達になった人との縁を切らしたくないというのがある。昔は、住所、家電しかなかったわけだから、引越ししたりしたら連絡つかなくなるということが多々あったと思うんだけど、今はそんな時代じゃない。メール、メッセンジャー、HP、Blog、など連絡が途切れなくなるためのツールがたくさんある。ぼくはxoopsで「矢辺卓哉.com」なる矢辺卓哉のコミュニティサイトを作ろうと思っていたくらい、縁を切らしたくないと思っている。でも、orkutが出てきてくれたために、ポータルサイトを作る必要はないな、と思っています。つまり、orkutはメッセンジャー、Blogなどに続く、次世代のインフラになるんじゃないかっていうこと。
ぼくがこれだけ言うんだから面白いものだってみんなわかってもらえたんじゃないでしょうか?かといって、問題点がないわけではない。現状の問題点を箇条書きにすると
1) 英語のみの対応
2) 長続きしない可能性がある
1)に関しては、やはり問題。招待メールが「orkut – Invitation to join from Takuya Yabe」ではやはりスパムか何かと勘違いしてしまう人はいると思う。現状はこの英語のお誘いメールと面倒でも日本語のメールを送る必要があるかもしれない。あと、サイト内で日本語は全く使えないので、日本人同士でも英語orローマ字で会話しなくちゃならない。英語が厳しい方は難しいかも。
2)については、どんなサービスも価値を見いだせなくては長続きはしない。新しいインフラということで、とりあえず登録をしたけどその後ぱったりという人もいるだろうし、やってみたけど価値を見出せないということもあるのだろう。まぁこれはどんなサービスでもありえるものなんだろうけどね。
ということで、orkutの楽しさがわかってもらえたと思います。今ぼくが参加しているコミュニティは、
CNET Japan
ノーマライゼーションねっと
鳥取県米子市
小室ファミリー
明治大学
ETIC.
Movabletype
です。これらのコミュニティにピン!と来た方は、コメントください。orkutにお誘いします。日本ではorkutのユーザーは、1500人程度とのこと。新しい物好きは寄ってこい!

「知的障害」を知ろうセミナーに参加しました。

 「知的障害を知ろう」というセミナーに参加しました。非常に資料も揃っており、よいセミナーでした。講師の山本氏は、30年間東京都の福祉センターで知的障害のある人の就労支援を行なっておられました。送り出した生徒の数は、300名以上。その経験から放たれる言葉は、ひしひしとぼくらの心に伝わってきました。

 その中で、伝えておきたいことを書きたいと思います。

「知的障害のある人人は異なったニーズをもつ特別な集団と考えられるべきではなく、その通常の人間的なニーズを充たすのに特別な困難を持つ普通の市民と考えられるべきである」

支援者が「知的障害はこういう傾向がある」と一時的特性を受け止めながら、二次的特性を引き起こさないように支援や配慮の仕方を工夫したり、環境を整えることが必要。二次特性とは、失敗した経験から自信がなくなったりしてしまうことです。

 そして、山本氏に最後に質問をさせていただきました。「心のバリアフリー」を実現させるためにはどうすればいいのでしょうか?答えはこうだった。

「やはり触れ合う体験を持つこと。そして、知的障害のある人はどういうことか知ること。」

ノーマライゼーションねっとでも、自分達が開催するイベント言うことで、「ノーマライゼーションが必要な人とは?」みたいなイベントをすることが必須だと感じました。

電車の中での出来事

 かなり前の出来事です。お昼頃電車に乗っていると、電車の中で電車のドアを叩きながら、奇声を発している人がいました。彼は、耳に補聴器をつけていたし、何かの「障害」をもった人なのでしょう。彼はよほど何かが嫌で、早く電車を降りたかったのでしょう。奇声を発しながら電車のドアを叩いていました。

 電車のドアを叩いている間、電車の中にいた人は、ほとんどがチラッと見て怪訝な表情をして無視を決め込んでいた。もちろんぼくもその中の一人だ。彼は次の駅で降りた。車内はなぜかホッとした雰囲気に包まれた。

 ぼくはノーマライゼーションということに興味があるので、彼は何かが嫌で早く電車を降りたがっていて、ああいう行動になったという事は理解ができた。しかし、ぼくの取った行動は、一般の人が取ったそれと何も変わらない。そこにいたぼく以外の人は、全員ぼくがノーマライゼーションに関心があるなんてわからなかっただろう。

 ぼくはどういう行動を取ればよかったのだろうか?今も答えが出ていない。というか、こんなぼくがノーマライゼーション社会の実現という言葉を言っていていいのか?そういう思いまでしてきています。ぼくはもっと彼に対して何かしてあげることがあったのではないだろうか?周りの人に対して、彼は電車を早く降りたい理由があったと伝えることができたのではないだろうか?

あなたは何歳ですか?

年齢とはナンバーでしかない。14歳の年寄りもいれば、140歳の若者もいる。
年齢に一喜一憂してしまうのがひとの常。しかし、年齢なんてただの記号にしか過ぎない。
年齢を気にするよりも、自分の内面に目をむけよう。挑戦・希望・情熱・向上心・冒険心といったものが心の中にどれぐらい存在しているだろうか?それらがある限り、決してひとの精神は老いることはない。
いつまでも「若者」でいられるよう、自分の心のメンテナンスやリフレッシュを忘れずに。
http://vitamin.staba.jp/archives/000123.html
これを読んでなるほどなぁと思った。特に最後の文。
いつまでも「若者」でいられるよう、自分の心のメンテナンスやリフレッシュを忘れずに。
ぼくはインターンをやっていた関係かよくスーツを着ていた。
そのためか学校の友達にはよく「リーマン」(サラリーマンの略ね・笑)と呼ばれた。
それと同様によく「老けた。」と言われた。(最近は、もとに戻ったみたいだけど。笑)
そのときは、自分の心の気になる点(仕事や私生活)をそのままにしていて、いろんな失敗をしたし、ストレスを溜め込んでいて仕事がうまくいっていなかったところもある。
それでも、仕事ばっかりやっていたし、仕事さえやっていればいいと思っていた。
それをこの文章に当てはめると、
挑戦・希望・情熱・向上心・冒険心はもっていたが
自分の心のメンテナンスやリフレッシュをしていなかったいうことになるのではないかと思う。
「老けた」といわれた原因は、自分の心のメンテナンスやリフレッシュを行なっていなかった結果なのではないだろうか?
挑戦・希望・情熱・向上心・冒険心だけではなく、自分に対する思いやり、メンテナンスは
仕事を成功させたり、自分を成長させ、自己実現させていくためには重要なものであるのだ。
ぼくにはそこが欠けていたのだろう。
今後は、いつまでも、何歳までも「若者」と呼ばれるために、自分に対するメンテナンス、思いやり、リフレッシュも注目し、大切にしていきたいと思う。

平成の名経営者

今日の日経の一面に「平成の名経営者」についてのアンケート調査の結果がありました。
<平成の名経営者>
1.カルロス・ゴーン(日産自動車)
2.奥田 碩(トヨタ自動車)
3.御手洗 冨士夫(キャノン)
4.鈴木 敏文(イトーヨーカ堂)
5.永守 重信(日本電産)
6.小倉 昌男(ヤマト運輸)
7.金川 千尋(信越化学工業)
8.武田 国男(武田製品工業)
9.盛田 昭夫(ソニー)
10.孫 正義(ソフトバンク)
ぼくの注目は大好きな経営者、日本電産の永守重信社長です。

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