人生は強くなくては生きていけないが、やさしくなければ生きてる資格はない

 おもしろくていつも読んでいる人生相談があります。

 その人生相談の回答の最後の1文がとってもグッときたのでご紹介。

 【98】男を振るときは闘牛士のように優雅にいなしなさい

 この人生相談の最後にこんなグッとくる1文がありました。

人生というのは、強くなくては生きていけないが、やさしくなければ生きてる資格はないからね。

 最近は、お金がなくては食べていけないとばかりに経済発展や電気がなくては生きていけないと原発推進、テロに屈しないと空爆など、強いことばかりがフォーカスされます。

 人生、確かに強くなくては生きていません。

 しかし、生きる上ではやさしさを持ち合わせる必要があると思っています。強いだけの人生は味気ないからです。

 なんか今、日本全体が強さばかり求めている気がします。強さを集めるだけでうまくいったことがこの世の中であるでしょうか。

 強さとやさしさを併せ持つことこそが、人間の醍醐味な気がします。

 ふだんあまり言葉にできなかったもやもやした感情をこの1分がすっきりさせてくれました。最後にまたご紹介しましょう。

人生というのは、強くなくては生きていけないが、やさしくなければ生きてる資格はないからね。

バイナリー発電をご存知ですか? – エネルギーの地産地消のために –

私は、原発なくしたい派なんですが、原発推進派?は、電気がなくなったらどうするんだ?とよくSNSなんかで目にします。

原発なくしたい派の人って、私もたまたま口からぽろっと出てきて、自分もそう思うのですが、「気持ちのよい電気を使いたい」だけなんですよね。

一度事故が起きれば、避難せざるを得ない電気を使っていても気持ちよくないのではないでしょうか?電気を使う使わないとかそういう話じゃない。電気は現代を生きる上では必須なものです。だからこそ、気持ちよいものを使いたい。

 せっかく電気を使うのであれば、気持ちよい電気を使いたいと思いませんか?

そう考えていた矢先、先日、東京に行った時、知人から「バイナリー発電」を紹介してもらいました。

バイナリー発電とは?

温泉の熱で水よりも沸点が低い「低沸点媒体」を加熱し、発生した蒸気で発電機のタービンを回す。従来の地熱発電では使えなかった150℃以下の低熱の温泉が活用できるうえ、大規模な発電設備も必要ないため手軽に始められる。さらにこの技術を応用すれば海水までも発電に利用できるという。

 

詳しくは、以下の動画をご覧ください。

 

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好きに生きる自由

お盆休み、本当に自由に遊びましたw
飲んで、飲んで、お墓参りして、サーフィンして、ゴルフして、飲んで。東京の時はこんなにアグレッシブだったかなぁっていうくらい。しかも、ほとんどお金使ってないんだよなぁ。
サーフィン後にぼーっと海を眺めながら、「幸せだなぁ」とつぶやいていました。
田舎で仕事しながら、東京にも行って。すぐ近くに海があって、家族も元気で、友達もいて、バカ話できる会社の人もいて。断食して体重も62kgまで落ちて。
好きに生きる自由を行使しているなぁって。
元来、人間は自由だと思っています。
好きに生きる自由を行使している人もいれば、嫌々の人生を生きる自由を行使している人もいる。
実はみんな望むような人生を送っている。
ちなみに、好きに生きる自由を行使している人と嫌々の人生を生きる自由を行使している人の違いは、「○○だからできない」「○○は難しい」という思い込みな気がする。
難しいことは簡単に考えて、簡単なことは難しく考えようぜ。
理想は持たなきゃ実現しないぜ。理想はなくてもいいけど、生きる姿勢は誰かに見られてるぜ。
なーんてな。
明日からまた仕事がんばろう!
人の1.5倍は働こう。

平和のあり方を問う1年にしたい

本日、33歳になりました!

生まれてしまって、生きていて、すみません。

生まれたのが8月だからか、戦争、被曝、平和について、8月になるとよく考えます。

今、平和のあり方が問われているのではないかと思います。武力を用いた平和は、武力で報復されます。友好を用いた平和は永続します。

その平和という状態のあり方が今問われています。私は、抑圧を通じた平和に希望を見出せません。

戦後70年の節目にあたり、ただ平穏な平和ではなく、今我々の平和がどういうあり方で保たれているのか。誰かを一方的に抑圧していないか。よくよく考えていきたいと思っています。

今年1年もどうぞよろしくお願いいたします。

「永遠の0」は、戦争映画ではなく、恩送りの映画だと思う

永遠の0を改めて観た。

いろいろご批判はあるようですし、私自身も作者は好きじゃないけど、好きな映画。

戦争映画というよりも、恩送りの映画だと思う。

もし何かしらの事情で自分が家族を守れなくなった時、家族を守ってくれる人を作れる(独善的ではなく、人の想いをつなぐ、恩をつなげる)生き方を問うことが主題の映画だと思っている。

そもそも主人公が特攻で死ななければならなかった日本の戦争戦略はおかしな話だし、その点を批判することなく、個人の生き方に矮小化することは、確かに戦争賛美と捉えられてもしょうがないと思う。

だけれども、ただ個人の生き方として、とても素晴らしい表現をしている映画だと思う。自分もこういう生き方がしたいと思う。

ということで、永遠の0は戦争映画ではないと思う。個人の生き方の映画として観ることが大事じゃないかと思います。